写真展「見果てぬ海」長崎展 2021年6月18日-6月22日

6月に地元・長崎で「見果てぬ海」の個展を開催できることになりました。
会場は長崎市万屋町のコクラヤ3Fです。


-「見果てぬ海」は、私の出身地である西海市大瀬戸町の松島を中心に、海の向こうに見える五島列島をはじめ平戸島、生月島、外海、島原・天草などを約4年かけて巡り撮影した作品です。長崎の方ならご存知のように、この海ではリアス式の海岸線が複雑に入り組み、沖には日本の中で最も多い約600もの島々が浮かんでいます。

大航海時代の南蛮船来航に由来するキリシタン信仰の歴史と美しい教会堂がフォーカスされ、これまでも写真や文芸の対象となってきた地域でもあります。一方で私は、この地域で育った人間として、この「海そのもの」をテーマにした作品を撮りたいと思ってきました。人が海を渡ったことで継がれてきた歴史、伝えられた文化や信仰、そしてこの海で暮らしてきた人々の営みをしっかりと捉えた作品です。そこで私はこの地域を一つの「海域」として捉え、船に乗り「海を渡る」視点を通して、この海に流れてきた時間をフィルムに写してきました。

また「見果てぬ海」は私自身の故郷写真や家族写真として、そして仏教の島で育った私が、同じ長崎の海に在るカトリックやかくれキリシタンの信仰に触れ、海を渡る体験を通して故郷を再発見する旅でもありました。そこで出会ったのは、知っているようでまだ見ぬ風景と、初めて会うけれど懐かしい人と土地でした。-

本展では、2020年秋に赤々社より刊行された写真集『見果てぬ海』に収録された83点の写真の中から、13点のイメージを選び大きく引き伸ばして展示します。大判プリントならでは質感をお楽しみ頂ければと思います。


写真展「見果てぬ海」
期間: 2021年 6月18日(金) – 6月22日(火)
開廊: 10:30-18:30
※最終日17:00まで

会場: ギャラリーコクラヤ ( 長崎市万屋町1-26 3F) Googleマップ

展示内容は、昨年開催した個展「見果てぬ海」(東京/大阪ニコンプラザ)と、長崎のカトリック教会をテーマにした「Vernacular Churches」(Alt_Medium)を再構成した内容になる予定です。

会場では、昨秋に発売された写真集「見果てぬ海」もご覧いただけます。
期間中は在廊予定です。長崎の方々、ぜひご来場ください。

プロフィール
写真家 田川基成
1985年生まれ。西海市大瀬戸町松島出身。
2004年長崎南高等学校卒業。2010年に北海道大学農学部を卒業し上京、独学で写真を学び2014年に写真家として独立。移民と文化、土地と記憶などをテーマに作品を制作している。2020年秋、自身初となる写真集『見果てぬ海』(赤々舎)を上梓した。motonaritagawa.com

受賞
2018  第20回三木淳賞
個展
2021  「見果てぬ海」ニコンプラザ大阪
2020  「見果てぬ海」ニコンプラザ東京
2020   「Vernacular Churches」Alt_Medium (高田馬場、東京)
2018  「ジャシム一家」新宿/大阪ニコンサロン
2018  「ジャシム一家」札幌市教育文化会館 など

参考URL
「海」という視点でとらえた世界の縮図のような宗教世界 
写真家・田川基成
(アサヒカメラ AERA.dot)

迫害を逃れて海を渡った。長崎・五島、潜伏キリシタン移民の子孫が語り継ぐ差別、戦争、信仰の記憶 (ニッポン複雑紀行)

写真展「見果てぬ海」artscapeレビュー (飯沢耕太郎氏)


「見果てぬ海」東京/大阪展を終えて

少しご報告が遅くなりましたが、「見果てぬ海」の大阪展が1月末に無事に閉幕しました。昨年10月から続いた「Vernacular Churches」(Alt_Medium, 高田馬場)、「見果てぬ海」(ニコンプラザ東京)と合わせて3つの展示を経て、ひとまずの新作発表を終えることができました。

ご来場頂いた方々、本当にありがとうございました。コロナの影響でやはり少し減ったかなとは感じつつ、合わせて2500人くらいの方々に来て頂いたかと思います(大阪は緊急事態宣言と重なってしまいすこし少なかったですが)。

「ジャシム一家」に続き、写真家として二つ目の作品で、自分の故郷をテーマに撮ることができたのはとても幸せなことでした。会場では長崎出身の方々とたくさん知り合うことができ、展示を通しても故郷と再会しているような感覚でした。2018年の三木淳賞から展示までサポートして頂いたニコン社の方々も本当にありがとうございました。今後は、長崎の写真についてはライフワークとして撮り続けて行くつもりです。対馬など、まだ行っていない島や土地がたくさんあることですし。

それから、今年は夏以降に長崎と、札幌でも「見果てぬ海」の展示をしたいと思っています。詳細は決まりましたらまた発表します。そして、次の作品は北海道がテーマです。これから数年以上かけて僕の第二の故郷である札幌を拠点に、北海道に通おうと計画しています。

3つの展示の様子はホームページのギャラリーにアーカイブしてありますので、展示に来られなかった方もご覧ください。

https://www.motonaritagawa.com/Exhibitions

写真集『見果てぬ海』(赤々舎)も、こちらで引きつづき通販しています。写真展での売れ行きもまずまずで、手元の分は半分くらい出て行きましたが、それでもまだまだたくさんあります。ぜひチェックしてみてください。よろしくお願いします。

https://motonaritagawa.stores.jp/items/5f9169c79a06e503ef41ba4f

「海を渡る」視点

今回『見果てぬ海』の作品を構想したきっかけは、自分の故郷である長崎の海と歴史を知りたくなったことでした。あまり認知されていないのですが、長崎県には離島が約600もあって、日本の中では圧倒的に島が多い地域です。そこで繰り広げられてきた重層的な歴史と時間を作品にしようと思いました。

長崎県の歴史には、もちろんキリシタン史があり、また遣唐使や空海が中国に行ったのは五島列島経由でした。そこには平家の落武者も流れ着き、倭寇もいて、また長崎港はポルトガル人が「発見」し、イエズス会領として発展した街だったり。鯨を獲りに紀州から来て、住み着いた漁民もいます。江戸時代には唯一の国際貿易港となった長い時代もありました。

そんな「長崎」の写真は今までたくさん撮られている印象がありますが、ほとんどが「長崎市内」だけで、離島まで行っているものは実はとても少ないです。原爆や市内のことがほとんどだったりします。そして、五島など離島に行っても教会建築や礼拝の写真が中心で、長崎の海と地形の複雑さしっかり撮ったものはあまりませんでした。そしてまったく見たことがなかったのが、船に乗って「海を渡る」という視点でした。

人が海を渡ったことで、文化が混ざり合いました。地形が複雑だったので、平家の落武者もキリシタンも隠れて生き残ることができました。仏教など他の信仰もあり、海を背景に魚や鯨を獲って食べる生活が現代まで続いてきました。『見果てぬ海』ではそのすべてを包む作品を撮りたかったのでした。

五島の潜伏キリシタン

故郷の話を書きました。90歳、1930年生まれで潜伏キリシタンの末裔になる尾上さんに伺ったのは、五島の壮絶な歴史、漁師としての人生、先祖を思う気持ちでした。 ぜひぜひご覧ください。よろしくお願いします。

迫害を逃れて海を渡った。長崎・五島、潜伏キリシタン移民の子孫が語り継ぐ差別、戦争、信仰の記憶|田川基成|ニッポン複雑紀行

「ノングインレイ」スティップさんの人生

NPO法人難民支援協会の「ニッポン複雑紀行」で撮影取材した記事が公開されました。ラオス難民として来日し、東京・高田馬場にシャン料理店「ノングインレイ」を開いたスティップさん(山田さん)の波乱万丈の人生です。ミャンマー留学、冷戦、内戦、CIAの通訳、敗戦、逃走、日本、生活戦争。すごいストーリーなのでぜひ読んでみてください。

僕もインドシナ難民というと、ほとんどベトナム難民の印象しかなかったです。実はラオスでも、冷戦によって引き裂かれた民族がたくさんありました。今回はラオス内戦からタイを経て日本まで逃げてきた難民のスティップさんの個人史です。当時の米軍やCIAとの関わりを含め、貴重なインタビュー。そして店主スティップさんの人生もすごいんだけど、「ノングインレイ」のシャン料理、本当に何を食べても美味しいです。味付けは濃すぎず、素材の旨味がよく調和してる感じ。高田馬場に寄ったらぜひ行ってみてください。あの「孤独のグルメ」もSeason 6-6で来店してます。

五島列島の真ん中にある奈留島にきています

”遠いところへ行った友達に潮騒の音がもう一度届くように”

ユーミンの歌に「瞳を閉じて」というのがあります。五島のある島の高校生がユーミンに手紙を出し、彼女に作曲してもらって校歌として歌われているという曲。島を出て離ればなれになった友達を思う歌詞に、子どもながら、同じ島なのになんて素敵な曲を歌う学校があるものだ、いつか行って見たいなあと思っていました。それがこの奈留島。

自分の故郷を旅する。ふるさとは多くの人にとって帰るもの。それを旅するという、相反することをしてみようと思ったのが4年くらい前。ちょうど南米から帰国し、30歳を過ぎたところで、自分の故郷をもっと知りたくなってきた時期。そしてそれができてしまうのが、長崎県という特異な地域でした。

長崎には日本で一番多い600ほどの離島があり、いま人が住んでいるだけで70幾つの島があるそうです。同じ県内なのに、端から端まで行こうとしたら2日くらいかかってしまいます。これまで実家の松島がある西海市を中心に、黒島、平戸島、生月島、小値賀島、中通島、島原、天草島、福江島、久賀島などいろんな島を巡ってきました。

知っているけれど見たことのない風景。懐かしいけど、はじての町。時代の先端を行く中央から離れ、交通の便のよくない離島に渡るほど、時間はゆっくりと流れるもの。島の雰囲気やそこで生活する人たちの姿に、まるでタイムマシンで自分の子ども時代に戻ったような懐かしい気持ちを覚えることが、今までに何度もありました。黒島で、日曜の朝に教会の鐘が響く中、耕運機に乗ってミサに通う老人たちをみた時は、懐かしさと新鮮さで言葉にならない感情がこみあげてきました。きょう泊まっている奈留の民宿でも、糊がバリバリに貼ってあるシーツと浴衣を触り、食べ残したご飯で作った糊でアイロンをかけていた祖母のことを思い出しました。

ちょうど一年後に新宿/大阪ニコンサロンで三木淳賞新作展が開催されるので、今年は3月から毎月一回長崎に写真を撮りに帰っています。そして来年の同時期に、はじめての写真集も出版できる運びになりました。そうすると、撮影できるのはひとまず来年の3月くらいまで。この3年半くらい続けてきた長崎の旅も、いよいよクライマックスという感じです。

瞳を閉じて https://www.youtube.com/watch?v=vt6Y9SL0Hm8

鬼海弘雄さんの記事

「浅草ポートレート」で知られる写真家の鬼海弘雄さんの記事を、Yahoo!ニュース特集に書きました。素晴らしい写真を撮られる大先輩なので、取材と執筆は気が引き締まる思いでした。ぜひ読んでみてください。

https://news.yahoo.co.jp/feature/1319

「写真表現の圧倒的な強さは、見てくれる人の中に眠っている感覚を呼び覚まして、震わすことができるんですよ。抽象化することなく、地面に足をつけたまま、具体を通してだれもが手触りのある普遍性を表現することができる…… 自分たちの中に眠っているものに、もう一度、バイブレーションを起こす。そういう意味で音楽にも似ているのかな」

インタビューに前後して、この記事の執筆のため、鬼海さんの手に入るほとんどの写真集と、著作を読みました。一人の作家の原点から、半世紀を経た現在までを追体験したことは、写真家としての自分にとっても貴重な経験でした。表現ということ、写真についてすごく考えさせられました。

三木淳賞受賞展『ジャシム一家』おわり

三木淳賞受賞展『ジャシム一家』きょうで無事終了しました。6日間と短い期間でしたが、約1500人の方に来ていただきました。ありがとうございました。

今回は写真集は出さないの?という声がとても多かったので、重い腰をあげ来年は写真集制作も再開したいと思います。これまでの2年くらいの編集期間と、4回の写真展で、だんだんと自分が『ジャシム一家』の作品で表現したいことがつかめてきたこともあります。


ギャラリーでは、銀座展以上にいろんな方とお話しできたのがよかったです。トークも大勢きてくださって、昨年よりはるかに実感を持って、写真をみてくれた方が増えました。「移民」を受け入れる日本社会が大きく変化しているんだなと感じました。

観た方の気になる写真が、ほんとにバラバラなのが面白かったです。団地の台所、子ども、車、ゴミ箱、病院、魚、ポートレート…各々の写真の中に、それぞれの人生の琴線に触れる何かが写っているようでした。

地味に気に入ったのは、

「カレーが食べたくなる。カレーは写っていないのに、ジャシム一家の生活を眺めたらスパイスの香りがする。」

という感想でした。

来年は新しいプロジェクトの撮影にも力を入れ、短期の仕事でも、自分にできることをやって行きたいと思います。

『ジャシム一家』も、引き続き展示などの機会がありましたら、お気軽にお声がけください。

そして、貴重な機会をくださったNikonサロンのみなさま、ありがとうございました!

あと、大阪展も年明けに開催です

★『ジャシム一家』@大阪Nikonサロン★
2019年2月7日(木)〜13日(水)

関西のみなさま、こちらもよろしくお願いいたします!

新宿ニコンサロンでのトークイベント

きのうは新宿ニコンサロンでトークイベントでした。
予想よりはるかにたくさんの方に来て頂きました。

こんな大勢の前で1時間も話したことがなかったので、途中で息継ぎできなくなったりしたけど、 望月 優大 さんの豊富な知識と、経験に支えられたナイスな質問と進行に助けられました。

「移民」と「イスラム」というマイノリテティなテーマ。かつ「ドキュメンタリー写真」という地味な分野。これだけ人が来てくれるということは、やっぱり時代が急に変わっているんだなあと感じました。

来て頂いたみなさん、ありがとうございました。
きのうは北海道の大学の同期や先生、いろんな懐かしい人も来てくれて最高に楽しかったです。

今後も、機会があれば展示とトークなど積極的にやっていきたいと思います。何かあれば是非お声がけください。

★展示は明日12月10日(月)がいよいよ最終日です★
最終日は15時までなのでお間違いなく!

最後までよろしくお願いいたします。

 

三木淳賞受賞写真展『ジャシム一家』開催中

写真展『ジャシム一家』毎日18時半まで、新宿駅直結エルタワー28階の新宿Nikonサロンに在廊しています。アンコール展ということもあり、今日は展示内容について少し書こうと思います。

まずタイトルの『ジャシム一家』ですが、はじめは英語でLiving in Between とか、つけていました。そしたらRPSの後藤由美さんに、「もっとなんとか一家とか、わかりやすくてバーン!っていうやつがいいんとちゃうか?」と言われ、短くなりました。そして、『ジャシム一家』という名前は、2008年木村伊兵衛賞作の『浅田家』へのオマージュでもあります。
(写真家の浅田政志さんが授賞式で声をかけてくれて嬉しかったです)

イスラム教徒 × 移民 という固いテーマの作品でもありますが、おそらくほとんどの人が撮ったり見たことのあるのが「家族写真」。それを通して、ジャシムさんたちが日本で暮らしている様子を、コミカル、かつリアリティをもって伝えられないかと考えました。

はじめの頃は、いろんな「在日ムスリム」を撮ろうと意気込んでいました。でも2012年にジャシム一家と出会ってからは、この家族だけを撮ろうと決めました。最初の頃はバリバリ撮っていたけど、数年経つと、泊まりに行って、写真を撮っているより、一緒に買い物に行って、ご飯を食べて、喋ったりテレビをみているだけような時間が増えました。

あと、転機になったのは、2015年の夏に、東川町の奨学金でラトビアのISSPに参加させてもらったことでした。この時の講師は、マグナムのアレッサンドラ・サンギネッティ。アルゼンチンで従姉妹同士の二人の女の子を撮った「The Adventures of Guille and Belinda」が好きで、彼女のワークショップに入りました。

アレッサンドラに言われたのは、もっと肩の力を抜いて、子どもたちと遊びながら撮れば?という言葉。ISSPに参加した約2週間。80人くらいの写真家が、同じ北欧の片田舎に、同じ時間滞在したのに、あまりに多様な作品ができあがったのに驚きました。そして、「写真は自由でよい」という、大切なことを教えてもらいました。

ギャラリーでよく聞かれるのが、なんで額装とパネルを混ぜているのか?
これは、僕の立ち位置の曖昧さと、文化の間のあってないような「境界線」を表わしています。同じ日本で、同じようなレベルの生活をしている僕とジャシム一家。もちろん共感できる部分がたくさんありました。一方で、全てを理解することができないイスラムという宗教や、バングラデシュの文化。ジャシムさんたちとの付き合いは、常にその間で揺れ動いています。

フレームに納められることによって、ある種の「敬意」が生じる額装と、イメージが直接浮かび上がるパネル写真。それを混ぜることで、彼らを見ている僕の視線を再現できるのではと思いました。

また、パネルの大きさをバラバラにしたのは、L版のスナップと、ポートレートを効果的に使いたかったから。L版のスナップは、「家族写真」の定番だと思います。おそらく誰にでも記憶のある、家族や友人との記念写真。僕が撮ったのか、家族が撮ったのか、わからないような写真を、実際に部屋の壁に貼ってあるような感じで展示しています。

展示の順番は完全に時系列ではないけど、「フォトジャーナリスト」として撮り始めた自分が、だんだんジャシム一家の親戚みたいな関係になっていくように構成しています。

そして、同じ日本で暮らしているのに、時として別のレイヤーの世界に在るように感じる、彼らの生活の不思議な雰囲気を感じてもらえるように写真を選んでいます。

今回は、写真展で使わなかった写真を60枚くらい入れたポートフォリオブックや、ジャシム一家と日本のイスラム社会について書いた雑誌なども会場に置いてあるので、時間のある方はぜひ手にとってみてください。