朝鮮学校の記事、Yahooニュース特集

Yahooニュース特集で撮影した朝鮮学校の記事が公開されました。2本立てになっています。
①朝鮮学校のいま 「在日」生徒たちの胸の内
https://news.yahoo.co.jp/feature/586
②朝鮮学校の「教育」とは 公費投入のあり方を問う
https://news.yahoo.co.jp/feature/589

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1,2月に取材した際には、4月に北朝鮮と米国がこんな緊張状態になっているとは想像もしていませんでした。Facebookの コメント欄を見ると見ると胸クソわるくなりますが、たとえ戦争になっても、政府と国民は分けて考えるべきでしょう。第二次世界大戦の際は、日系移民がアメリカで強制収容所に入れられ、いまではなかな想像できませんが、ブラジルでも日系移民が敵性外国人として扱われ、日本語の教育を禁じられました。移民の人々は植民地支配をはじめ、様々な理由や歴史があって他国や他の地方に移り住んでいます。

僕は長崎の出身ですが、長崎はその最たるもので、長崎県民が持つDNAには縄文人、朝鮮人、中国人、またポルトガル人、ロシア人、アメリカ人など様々な人種の遺伝子が混ざっていると思います。移民の歴史があって、いま我々が持つ文化ができあがりました。そうしたことにもう少し目を向けるようにできれば。

Yahoo ニュース特集の仕事

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Yahoo ニュース特集の取材で撮影した記事がWeb上に公開されています(2017年2月7日時点)。

Yahooニュース特集は、Yahooが独自の取材チームと編集部を作り、社会問題やニュース、人物などを深掘りするメディア。取材するテーマが面白く、写真をかなり使ってくれるので、カメラマンに撮ってとてもやりがいのある仕事です。特に僕はフォトジャーナリズムやドキュメンタリーから写真の世界に入ってきたので、こういった取材はまさにやりたかった仕事の一つであり、毎回試行錯誤しながら楽しんで撮影しています。

この仕事は僕が写真を学び始めた頃からお世話になっている東京・墨田区のリマインダーズ・フォトグラフィー・ストロングホールドの後藤勝さんが紹介してくれました。ありがとうございます。

消えゆく「死者との交信」―― 青森のイタコを訪ねて
http://news.yahoo.co.jp/feature/466
誰が荷物を運ぶのか 同乗ルポ 深夜のトラック長距離輸送
http://news.yahoo.co.jp/feature/470
砂川闘争の現場を歩く――土地はなぜ返還されたのか
http://news.yahoo.co.jp/feature/497
変わりゆく「右翼」 “愛国”の現場から
http://news.yahoo.co.jp/feature/422
「勝算のない所から始めます」 川村元気のヒットの見つけ方
http://news.yahoo.co.jp/feature/462
「老化を止めたい」――広がる「卵子凍結」の実態
http://news.yahoo.co.jp/feature/407

井津建郎 写真展「ブータン 内なる聖地」

井津建郎 写真展「ブータン 内なる聖地」
を東京•新宿のコニカミノルタプラザで観てきました。

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http://www.konicaminolta.jp/plaza/schedule/2016may/bhutan/index.html

2002年から2007年にかけて、ヒマラヤの国ブータンで撮影された人々のポートレートと、風景写真。

ギャラリーの白い壁に貼られた大きなモノクロプリントの目の前に立つと、意識はそのまま吸い込まれるように彼の地へと導かれました。

カメラのずっと奥にある世界を見つめるような、穏やかで透き通ったなまなざし。
ヒマラヤに吹く風、降りそそぐ光。
あまりに美しい。
圧巻されて背筋が震え、しばらく茫然として立ち尽くしました。

写真家の井津健郎さんは、一式100キロにもなるという14×20インチの特製超大型カメラをポーターと一緒に担いでブータン各地を歩き周り、6年の歳月をかけて撮影したそうです。
被写体への敬意に満ちた数々の作品。

これが「写真」原点なのだと感じました。

写真のプリントをあまりみたことがない方も、これはPCの画面では絶対わからないので、ぜひ実物のプリントをみてみてください。
展示は〜5月23日(月)15:00まで

コニカミノルタプラザは新宿駅東口にあるギャラリーです。
フルーツパーラー高野ビルの4階です。

「PASSIONE」コラム連載開始

撮影と、一部文章も担当させて頂いている、コーヒーマシンブランド「PASSIONE」のコラムが始まりました。ぜひご覧下さい。
https://passione.jp/column/?p=60

〜常識を軽々と飛び越えて、私たちに思いがけない景色を見せてくれる——。そんな情熱家の生き方を、コーヒーを1杯飲む時間で楽しめる形で紹介するコラムページ「コーヒー1杯分の話」がオープンしました! さまざまな分野で活躍する情熱家の言葉を、おいしいコーヒーとともにめしあがれ〜

これから約1年半にわたって情熱的な人100人を紹介して行きます!

Toronto Star紙、「日本の認知症」連載開始

カナダの日刊紙、「トロント・スター」と6月に2週間ほど一緒に取材した「日本の認知症」についての長期連載がはじまりました。

取材するまで認知症のことはあまり知りませんでした。現在日本に約500万人の患者がいて、2025年には700万人を超え、65歳以上人口の5人に1人が認知症患者となると予想されています。かなり深刻な問題です。

認知症のある人にどう接すればいいのか、家族にどういった問題が起こるのか、などなど、知らないことばかりで、取材していくうちにかなり勉強になりました。

http://www.thestar.com/news/insight/2015/10/05/meet-paro-a-furry-friend-to-dementia-patients.html

「日本のイスラム移民社会」について

「日本のイスラム移民社会」はすごく大きいテーマですが、2011年の東日本大震災の後、東北の被災地を継続的に支援していた在日ムスリム(イスラム教徒)たちと出会ったことがきっかけで取材をはじめました。

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それ以前には、学生時代に西はボスニア・ヘルツェゴビナのサライェヴォ、東はバングラデシュやミャンマーまで、イスラム圏を旅してから帰国し、日本に住んでいるムスリムがどのように暮らしているのか、ずっと興味がありました。

日本に住んでいる彼らムスリムと付き合ってみると、日本社会に溶け込んでいる部分も、独自のムスリム・コミュニティを築いている面も、両方あり、当たり前ですが、なかなか一概に言えないものだと実感しました。

東京都内や千葉・埼玉などにある、雑居ビルの一部だったり、ビルごと買い取ってあったり、あるいはプレハブだったりする日本のモスク(礼拝所)に通ってきました。特に週末になると、近隣に住むムスリムがそこへたくさん集まって礼拝し、一緒に食事を食べたり、子供に勉強やアラビア語を教えたりしています。

モスクの部屋で聖典クルアーンを一生懸命に読み上げるムスリムや、モスクのイマームや世話人に家族や生活の悩み相談をする姿は、自分が子供の頃、故郷にある浄土真宗東本願寺派のお寺に通っていた人々の姿を思い出し、懐かしさすら覚えました。彫りの深い顔に、立派な髭をたくわえたりしていて、一見とてもイカつい人もいますが、仲良くなるととても良くしてくれるのは、海外でイスラム圏を旅したときと全く同じです。

また、たとえばアラビア半島出身のムスリムと、バングラデシュのムスリムでは、イスラムのとらえかた、文化、生活習慣や性格まで、幅がとてもあり、一口にイスラムといっても、実はすごく多様なものだということが分かってきました。一方で、ムスリム同士はただイスラムを信じているというだけで、すぐ打ち解けて助け合ったりする面もあります。

2001年の9・11事件の後は、やはり日本でも差別や偏見が増え、不快な思いをすることもたまにあると彼らからよく聞きます。また、日本にあるモスクと在日ムスリムはなかりの割合で公安に監視されていて、カメラを持ってモスクを訪ねると、はじめは怪訝な顔をされることもあります。

一方で、日本では宗教に対する寛容度が高いためか、東北の被災地でそうであったように、意外に外から来たムスリムとネイティブの日本人が打ち解けて仲良くなってしまう面もあるように感じます。欧米より日本の方が暮らしやすいと言うムスリムも少なくないです。ただ、日本では子供にイスラムを教えられる学校が教育施設がないところが、ネックになっているようです。

近年、欧州ではムスリムと現地社会の軋轢が増し、またイスラム圏から難民が大挙して押し寄せるという状況になっています。日本では、それほど深刻な問題はまだ起きていません。イスラムも含めて、宗教や文化、ルーツを異にする人々が、欧米の先進国とはまた違った形で社会の中で共存できる可能性もあるような気もします。

日本にはすでに数百カ所のモスクがあって、その数は増え続けており、ムスリムの数も少しづつ増えています。ただその存在や、彼らが何を信じて、どのように生きているのか、まだあまり知られていないと感じているので、彼らのところに通って写真を撮ってきました。

また、日本でも、これから労働力を増やすために大量に移民を受け入れる必要があるという人もいますが、あまりに急激に(労働力として、政策的に、意図的に)移民を増やすのは、いろいろな面で準備が間に合わず、問題があると個人的には感じています。

上野彦馬賞2015、日本写真芸術学会奨励賞を受賞しました

2011年から取材している「日本のイスラム移民社会」の写真5枚が、今年の上野彦馬賞の日本写真芸術学会奨励賞に選ばれました。以下のギャラリーで写真が展示されるようです。

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九州産業大学美術館     10月31日(土)~11月14日(土)

東京芸術劇場ギャラリー   12月4日(金)~12月13日(日)

北海道東川町文化ギャラリー 1月7日(木)~28日(木)

My photo story of ”Islamic society in Japan” which I followed since 2011, has received this year’s Photo Art Society of Japan – Encouragement Award, of Ueno Hikoma Award. Going to exhibit in Kyushu Sangyo University Museum 10/31〜11/14
Tokyo Metropolitan Teatre 12/4〜12/13
Hokkaido Higashikawa Culture garally 1/7〜1/28

http://mainichi.jp/select/news/20150929k0000m040035000c.html

東京に戻ってきた

いま東京に戻ってきた。
先週末にラトビアから成田空港に帰国して、また成田から九州へ飛んだ。長崎県の故郷の島で2年ぶりのお盆を過ごし、再び東京へ。今朝の8時20分に実家を出て、東京・阿佐ヶ谷のアパートに着いたのが夜の8時20分。船、車、バス、飛行機、電車、地下鉄と、半日で現代文明が誇る交通機関を駆使して首都へたどり着く。北欧ラトビアを出て日本に着くまでが同じ12時間くらいだったので、遠いのか近いのかもうなんだかよくわからない。乗り物が好きで移動がそれほど苦にならない体質でよかったと思う。

長崎から帰省するたびに強く感じるようになったけど、東京とは言葉も文化も生活も人の顔も性格も風景も建物もなにからなにまで違いすぎて、ここはほんとうに同じ国なのかと思う。地球が丸いことが少しだけわかるほど広い海と、集落が緑に飲まれそうになるくらい照葉樹が力強く茂ったリアス式海岸の山々から、東京へ飛んで、夜の羽田上空から北東の方角に広がる光の海を眺めるとき、仕事帰りのスーツを着たサラリーマンやきれいに着飾った女性がたくさん同乗する中央線に乗って、車窓から高層ビルを眺めながら自宅方面へ向かうときはいつも、海外の旅から日本に帰ってきたときとほとんど同じ気持ちになる。

ISSPが終了

昨日でInternational Summer School of Photographyの全日程が終了。いまヘルシンキ空港でこれから日本に帰ります。
毎日朝から晩まで撮影して編集してみんなでレビューして作品を作って、夜は遅くまで酒を飲んでいろんな人と話してと超忙しかったけど、ラトビアで写真に対して新しい世界が開けた気がしています。本気で写真に取り組んでいる講師の写真家たちや、生徒の写真家の一言一言はとても張りつめていて、毎回刺激と新しい視点や発想をもらいました。いろんな国に写真家の友だちができたのもすごく大きかった。この10日間は濃密すぎたので、これから帰国して消化していくのに少し時間がかかりそうです。

追記:東川町に提出したISSP参加のレポートをブログで日記形式でそのまま8月1日から転載しました。

ISSP参加 8月11日 11日目

きょうは18時からリガ旧市街でマグナムのアレッサンドラ・サンギネッティ、ジム・ゴールドバーグによるアーティストトークと、その後にISSP参加者のファイナルパーティがある。昼間は時間があったので、南米人とイタリア人たちと一緒に自転車をレンタルし、リガ市内を走って周った。旧市街から川を渡って空港に向かう方向にある地区は、緑の森の中に旧ソ連時代の古いレンガ造のアパートが立ち並んでいる。建物と建物の間にある、木漏れ日の差し込む森の中では、女性が木にロープを張って洗濯物を干していたりして、都会とも田舎とも言い切れない微妙な佇まいがとても美しかった。

最後のパーティーには全生徒の6割くらいが参加しているようだった。ほとんどの人が、明日、ラトビアを後にする。この10日間でとても仲良くなり、すぐに別れが訪れるのはとても寂しい。なんだか高校生の夏合宿か、どこかの国に長く留学して帰る前夜のような気持ち。どちらも行ったことはないけれど。酔ったテンションもあり、みなで踊り、何度もハグをして別れを惜しむ。ほんとうに寂しい気持ちになる。でもいまはFacebookやメールでいつでもつながれる時代なので、今後の人生でまた会う機会のある人も多いだろう。世界各地に写真をやっている仲間ができたことは、かけがえのない財産となった。

パーティーが終わる深夜、気がつけば参加者とスタッフ、講師との間でいくつものカップルができていて、手をつないでつぎつぎと夜の街へ消えて行った。ISSPでカップルがたくさんできるとは聞いていたが、欧州の人はあの忙しい日程の中で、なかなかちゃっかりとしているものだと思う。